奈良町界隈にある「正木家住宅」が有形文化財へ登録されました
奈良市毘沙門町にある「正木家住宅主屋(まさきけじゅうたくしゅおく)および蔵」が、2016年(平成28年)11月29日に文化庁が認定する有形文化財へ登録されました 。
今回は、現在「奈良女子大学 奈良町セミナーハウス」としても親しまれているこの素晴らしい町家建築の歴史的価値と、その貴重な内部をたっぷりのオリジナル写真とともにお届けします。
1. 正木家がある奈良町「毘沙門町」とは?
まず、毘沙門町(びしゃもんちょう)の名前の由来は、毘沙門天を安置した『毘沙門堂』がこの町にあり、そのまま町名になったといわれています。
この堂にあった諸仏(しょぶつ)は現在この近くの法徳寺(ほうとくじ)の寺仏となっています。信貴山の本尊でありました毘沙門天は兵乱の時に持ち出され、このあたりの芝生に放置されていたのを地元の人が安置されたといわれています。
2. 有形文化財「正木家住宅」の歴史と建築的特徴
正木家住宅は、江戸時代後期(1751~1830年)に建築されたとみられる典型的な奈良町(ならまち)の町家です 。その後、明治前期(1898~1912年)から昭和(1926~1945年)、近年では2008年にも改修が行われながら大切に維持されてきました 。
専門的視点から見る建築の特徴
南北に通る道路に対して西面して建つ木造平屋一部2階建の構造で、屋根は切妻造(きりづまづくり)、平入(ひらいり)、桟瓦葺(さんがわらぶき)を採用しています 。
- 外観の1階部分の表は近年整備されたものですが、「つし2階(天井が低い2階部分)」には伝統的な虫籠窓(むしこまど)や袖卯建(そでうだつ)が残されています 。
- 内部は南端に土間を通し、床上部は2列7室の構成です 。
- 南列に4室、北列は落棟(おちむね)として3室を並べ、北西側には美しい坪庭を設けています 。
- 落棟部分の前庭を作って前面に高塀を建てています 。
3. 正木家の間取りと室内を写真でご案内
それでは、正木家の間取りと室内の様子(①~⑫)を順番にご案内していきます。
①玄関付近
玄関周辺には当時使用されていた瓦などが置かれています。また、通り土間は天井を見上げる吹き抜けになっており、当時の煙返しや立派な架構(梁)がそのままの状態で残され、往時の姿を見せています 。右側に見えるのが二階部分です。
②玄関北側の4.5畳の和室
③北隣の和室6畳
④東隣にある洋室
正木家は2005年10月から奈良女子大学のセミナーハウスとして利用されており、広く親しまれています 。こちらの洋室はミーティングルームなどに活用されているようです。さらに東隣の和室へ進みます。
⑤和室6畳の床の間
⑥東側の縁側
縁側(えんがわ)の細やかな格子からは、当時の職人技の精巧さを感じることができます。
⑦縁側を南へ進むと右手・和室6畳のタンス
時代を感じさせる箪笥(たんす)が2竿置かれています。
⑧西側6畳の和室(上り框)
和室への立派な上り框(かまち)があります。
⑨竈(かまど)付近
竈は当時の朱色を見事に再現しています。特殊な塗装技術を持つ職人さんを探したところ、残念ながら現在奈良県内には存在しませんでした。知人の伝手で滋賀県から職人さんに来ていただき仕上げていただいたこだわりの部分です。
ちなみに、奈良女子大学の学生さんが「当時を再現させてみたい」ということで、実際に薪に火をおこし、この竈を使ってお料理をされたことがあるそうです。
⑩台所付近と2階からの眺め
右の写真は2階部分より玄関付近を見下ろして撮影したものです。
⑪庭付近
庭石や鹿威し(ししおどし)、灯篭(とうろう)があり、深い趣を感じることができます。
⑫蔵(くら)
主屋の背面(東側)にあるのが、切妻造本瓦葺(きりづまづくり ほんがわらぶき)の2階建の土蔵です 。建築年代は主屋と同じ江戸後期とみられ、明治前期頃には南側に増築されています。
中庭に面する西面(正面)に庇(ひさし)を付けて縁とし、その北端の物入れには円窓(丸窓)を設けて外観を飾っています 。
蔵も伝統的な中庭空間を構成し、主屋と一体となって奈良町の町家のたたずまいを色濃く伝えている素晴らしい建物です 。
4. 所在地マップ・建築データ・出典
| 所在地 | 奈良市毘沙門町13-2 |
|---|---|
| 主屋(おもや) | 木造平屋一部2階建・瓦葺 建築面積169㎡・高塀付 |
| 蔵(くら) | 土蔵造2階建・瓦葺 建築面積51㎡ |
〈この記事の出典・参考資料〉
- 奈良県ホームページ:「正木家住宅主屋、蔵」
- 文化庁 文化遺産オンライン:「正木家住宅主屋」
- フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』:「正木家住宅」
- 奈良女子大学:「奈良町セミナーハウス」
