【秋篠川の歴史】秋篠川は人工河川?水源(源流)はどこ?
秋篠川の歴史

奈良市北部から西大寺を経て大和郡山市に向けて流れる秋篠川。
秋篠川は大和川水系の河川で学園前にある大渕池付近を水源とし、西大寺周辺から西ノ京、薬師寺唐招提寺周辺を流れ、大和郡山市九条町周辺で佐保川に合流します。
秋篠川をたどれば、奈良の歴史の片鱗に触れることができそうなのですが、実は秋篠川にはちょっとした謎があります。
まずは秋篠川の水源周辺から奈良の歴史散歩をしてみたいと思います。

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賃貸専門家:古川 真史
資 格:宅地建物取引士・賃貸不動産経営管理士
奈良在住25年以上。宅地建物取引士・賃貸経営管理士の資格保有。ルームアドバイザーとしてのキャリア18年以上の大ベテラン。不動産賃貸の関連はすべて媒介経験あり。奈良出身ではないのに奈良まほろばソムリエ検定(奈良通1級)取得する奈良への溺愛っぷり。奈良マニアの古川より独自な目線で賃貸情報を多数お届けします。
秋篠川の水源はどこ?

まず気になるのは秋篠川の出発点として「水源はどこにあるのか?」ということ。
地図で確認してみたところ、はっきり秋篠川とわかる川の水源に向かってたどってみれば、登美ヶ丘にある大渕池に当たります。
大渕池は江戸時代、付近の侵食谷(水や氷河など何らかの理由で侵食してできた谷)をせき止めて作られたため池です。
秋篠川の水源はこの侵食谷と考えられる上、大渕池から川の流れが始まっているので、ほぼ大渕池付近を水源と考えるといいのかもしれません。
そんな大渕池ですが、周辺はたいへんのどかな雰囲気のある池です。
すぐそばには大渕池公園や松柏美術館があり、歴史や美術がお好きな方や地域住民の皆さんに親しまれています。
秋篠川の桜並木

大渕池からならコープ学園前の横を通り、コナミスポーツクラブ学園前のあたりまで来ると秋篠川の川沿いに桜並木があるのが見えます。
この桜並木は「秋篠川源流を愛し育てる会」の方々がボランティアで秋篠川源流11.3キロの堤防に累計154本の桜を植樹し、桜の里親となった方や、老若男女問わない地域の方々により毎月秋篠川を清掃してくださっています。
愛情たっぷりに育った桜たちは、春が来るたびキレイに咲き誇り、私たちの目を楽しませてくれます。
ちなみに、秋篠川源流を愛し育てる会以外にも、大和川の清流を復活させるための活動を行なっている団体がたくさんあります。
大和川清流復活ネットワーク よみがえれ!大和川清流復活大作戦
秋篠寺の名付け親は秋篠川?

桜並木のある中山町から秋篠川は、山陵町に向かい東へ東へと流れていきます。
秋篠川はこの地の周辺に住む住民の大切な水源として利用されていましたので、もしもの時のために川の水をためておける溜池が大小取り混ぜで数か所に作られています。
先述の大渕池もそのひとつです。
途中、学園朝日町から流れる朝日川や、押熊の丘陵から流れる押熊川と合流し、川としての規模も少しずつ大きくなっていきます。
平城付近から河川はほぼ90度に曲がり、今度は南へ向かって流れていきます。
奈良県競輪場が見えてくるとその付近には秋篠寺があります。
秋篠寺は秋篠川にちなんで命名されたと言われています。
そんな秋篠寺について軽く解説しますと、奈良時代末期780年頃、光仁天皇の勅願によって建立された寺院です。
平安時代に講堂以外を火災で焼失した上、鎌倉時代に大規模な改修が行われたため当時の様相はほとんど残っていないとのことです。
そして秋篠寺について特筆するなら、本堂に安置されている重要文化財の伎芸天です。
伎芸天は諸技諸芸の守護神として、多くの芸術家や芸能人に慕われています。
秋篠寺を少し南下し、近鉄京都線平城駅のあたりをさらに南下していきますと、佐紀陵山古墳、佐紀石塚山古墳、佐紀高塚古墳などのいわゆる佐紀盾列古墳群がみられます。
さらに南下すると奈良県内のハブとも言える近鉄大和西大寺駅の東側を通過することになります。
ここまでくればすぐ近くに平城宮跡が見えます。
秋篠川は人工の川?

ここで秋篠川の謎について触れます。
秋篠川は現在はほぼ南へまっすぐ降る流れになっていますが、平城宮跡造営の時代(奈良時代)には、資材を運ぶ運河としての役割を果たすため、平城宮跡の中を突っ切るような形で川が流れていました。
この川は平城宮跡の碁盤目に沿った流れになるよう、後年作り替えられ、現在のような流れとなりましたが、2014年には旧秋篠川が流れていた痕跡が遺跡発掘により発見されました。
ちなみに、現代人の私たちからすれば秋篠川と言う名前がすごく情緒のある名前のように見えますが、実は万葉集や百人一首で秋篠川を読まれた歌は見つかっていません。
当時の人々から見れば、運河の役割を果たす人工の川であったため、歌を読む情緒を感じることがなかったためかもしれませんね。
現在の秋篠川の風景からは考えられませんが・・・。
薬師寺・唐招提寺を望む

近鉄西大寺駅を越えた後は、近鉄橿原線に沿ってほぼ平行に何かしていきます。
近鉄スポーツセンターの周辺で、菖蒲池方面から流れてくる大池川と合流、その後まもなくみえるは垂仁天皇陵に唐招提寺、そして薬師寺です。
秋篠川の東側のほとりには、西大寺を越えたあたりから自転車道が作られています。
この自転車道は「奈良西の京斑鳩自転車道」と名付けられており、自転車で薬師寺や唐招提寺、法隆寺を巡ることができます。
垂仁天皇陵は全長約227メートルもあり、全国で20位の大きさを誇る前方後円墳です。
さらに南下すると、おなじみ世界遺産にも指定されている唐招提寺、そして薬師寺が見えます。
唐招提寺は鑑真が修行の場として創建した寺とされ、後に弟子が金堂を完成させました。
寺院には鑑真和上坐像や盧舎那仏坐像、薬師如来立像、千手観音立像など多くの国宝が安置されています。
学業成就にご利益があると言われています。
薬師寺は藤原京に造営されていたお寺を、平城京造営の際に移転・造営させたお寺です。
もともと天武天皇が妻の病気回復を願って創建された寺ということもあり、病気回復のご利益があるとされています。
南門は重要文化財、天平建築が美しい東塔・西塔や、銅造聖観世音菩薩立像などの国宝が多数みられます。
じっくり見て廻るだけで一日がたってしまいそうです。
薬師寺の南、西ノ京町と六条町の境目あたりで乾川と合流します。
乾川は赤膚山付近から流れる川です。
そしていよいよ河口部にたどりつきました。
近鉄九条駅が見えてきたあたりで、秋篠の川の東側にスポーツセンターや清掃センターなどがある九条公園が見えます。
この公園のところでほぼ90度に東へ曲がり南側を抜けたところで佐保川に合流します。
奈良時代にはこのあたりで西の市という市が行われていたようです。
秋篠川はこのころ、物資を運ぶ運河のような役割を果たしていたとか。
秋篠川はここまでです。
佐保川と化した秋篠川はその後佐保川として流れていき、やがて大和川と合流します。
【秋篠川の歴史】まとめ

かつて人工の川とされていた秋篠川は、流れを変えられたり、周辺整備をくりかえしながら現在のような風景を見せてくれるようになりました。
時の流れとともに変わりゆく風景を、秋篠川はずっと見ていたのかと思うとなんだか感慨深いですね。
また、地域のボランティアさんの尽力により、生き物が住みやすく、四季折々の花々を楽しめる川の風景へと変化してきています。
特に春の桜は圧巻です。
次の春にはぜひお花見にいかがでしょうか。
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