驚異のシェアと工芸品としての美しさが魅力の『奈良墨』
奈良県にある国指定の伝統的工芸品は、『高山茶筅』『奈良筆』そして『奈良墨』の3種類です。
その中でも国内シェアがなんと90%を超え、1400年を超える日本の歴史を記録し続けた伝統的工芸品『奈良墨』の魅力をご紹介します。
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担当者:古川真史
【奈良に住んで20年】奈良を誰よりも愛し続ける奈良ヲタク。人気グルメから人口や歴史、鹿の生息数。何でも答えます。最近は大仏プリン推し。
奈良墨とは?
皆さんも学生時代には書道の授業などで一度は墨を扱ったことがあるでしょう。
液体の墨汁ではなく、固形の墨を硯で擦るという行程は独特の美しさがある所作ではないでしょうか。
実は、その固形の墨の90%以上が奈良県奈良市で作られているという事はあまり知られてはいません。
固形の墨は書道に使うための画材としての実用面はもちろん、美術工芸品としての一面もあります。
良く練られた墨の原料として香料が使われることもあり、鑑賞用として観光客が買い求めることも珍しくありません。
奈良墨を知ろう
日本における墨は、中国からその製法が伝わっています。
中国では紀元前から作られていた墨ですが、約1400年前の飛鳥時代に日本に伝わったのは松ヤニを使った「松煙墨」の製法です。
墨の原料となる煤(すす)を赤松などの木を燃やして採集する製法で、日本の歴史に関わる日本書紀には墨の製造に関する記述が残されているなど、歴史的な書物もこの製法で作られた墨を用いて書かれています。
その後、約1200年前には遣唐使として唐へ渡った空海が、植物性の油を燃やして煤を採集する「油煙墨」の製法を筆の製法と共に持ち帰ります。
油煙墨は松煙墨と比べ墨の品質が良く、濃さ(黒さ)も優れているという事で貴重な墨として扱われました。
平安時代は仏教全盛の時代であり仏教文化において写経の修行には墨が欠かせないものであると同時に、行政機関でも墨が多量に必要でした。
そのため、奈良に集まる寺社の多くで墨の製造がおこなわれていました。
室町時代に入ると、興福寺にある二諦坊(にたいぼう)という僧侶が住む建物で墨の製造が本格化します。
二諦坊内で燈明の煤を集め、国内で初めて作られた油煙墨は「南都油煙墨」と呼ばれ、これが「奈良墨」の誕生とされています。
安土桃山時代に入ると織田信長の天下統一が進められ、権力のあった寺社の力が衰えたことで、それまで寺社の指図で墨を製造していた職人が独自に墨師として店舗を構えるようになります。
この頃、1577年に創業した奈良市椿井町の「古梅園」は現在も残る墨屋で、440年以上も歴史のある老舗として現在も奈良墨の製造を行っています。
墨は教育現場でも必要とされ、学校の数が増えた明治時代には墨の需要も高まります。
昭和に入り戦時中にも文房具として墨の需要は高く、若手職人や後継者が徴兵されるなどで職人不足に陥るものの、墨の生産を停止させられることはありませんでした。
終戦後は再び墨の需要が増えるものの、昭和中期頃から液体墨(いわゆる墨汁)が登場したことで固形墨の需要は激減します。
現在は多種多様な文房具が普及したことで固形墨の需要は激減しているものの、2016年に墨型彫刻師である中村雅峯 (なかむら・がほう) が黄綬褒章を受章し、2018年には奈良墨は伝統的工芸品として経済産業省から指定を受けます。
県内の各墨屋では奈良墨の美しさやその歴史を深く認知してもらうため、様々な取り組みをしています。
職人技が光る美しき奈良墨
墨の原料は、煤、膠(にかわ)、香料の3種類です。
作り方はとてもシンプルで、日本に製法が伝わった1400年前からその手順は殆ど変化していません。
ですが機械化が難しく、すべての行程が熟練の職人の手作業で行われています。
松煙墨は松を燃やした際の煤、油煙墨は植物性の油(現在の主流は菜種油)を燃やした際の煤を集めます。
動物の骨や皮を原料とした膠を溶かしたものと採取した煤、香料を混ぜて光沢が出るまで練り上げます。
それを木で作った型に入れて1丁ずつ整形します。
その際に使われる木型には墨に残る文字や図柄などが掘られており、黄綬褒章を受章した墨型彫刻師の中村雅峯氏のような専門の職人が製造した木型も多く使われます。
整形した墨は木灰に埋めて、小型のもので1週間、大型のものだと1ヶ月以上もの時間をかけて灰乾燥します。
灰乾燥を終えてもさらに自然乾燥を行い、さらに半月~3ヶ月かけてしっかりと乾燥させます。
乾燥が終わったら、墨の表面に付着した灰や汚れなどを1丁ずつ丁寧に落とし、水洗いして上薬を塗るなどして表面を仕上げます。
中には炭火で炙って表面を柔らかくしたのち、蛤などの貝殻を使って磨き光沢を出すなどの磨きの行程を行います。
磨き終わったら水洗いで濡れた水分を再度乾燥させ、金粉や銀粉、その他の絵の具などを使って彩色し、仕上げを行います。
そうやって仕上げられた奈良墨は、見た目にも美しい美術工芸品として完成します。
もちろん墨としての実用性も保証された一級品ではありますが、あまりの美しさに使うのが勿体ないと感じてしまう仕上がりです。
体験できる奈良墨づくり
2022年現在、奈良製墨組合に登録されている奈良墨を生産する墨屋は9店舗ほどと、全盛期には54軒もあったことを考えればかなり減ってしまっていることは間違いありません。
そこで、先に述べたように県内の墨屋は奈良墨の美しさやその歴史を深く認知してもらうための取り組みを行っています。
古梅園では、実際に奈良墨に触れて自分の手で握って整形する「にぎり墨」体験ができます。
墨づくりの行程を見学することができ、その工程の中で職人が練り上げた墨玉を受け取って世界に1つだけの「にぎり墨」を作ることができます。
墨の製造が冬季に限定されるため体験も11月~4月中旬の冬季のみとなりますが、直接伝統的工芸品に触れる貴重な体験ができます。
「にぎり墨」体験詳細情報≫
奈良の伝統的工芸品『奈良墨』を飾ってみては?
奈良墨は美術工芸品としての認知が深まるにつれ、書に関わる人以外にも多く知られるようになりました。
文房具や画材としての本来の用途での需要が減った現在において、見た目の美しさや墨独特の香りを楽しむため、見えるところに飾ったりリラックスタイムに出してアロマの様に楽しんだりという新たな墨の用途も模索されています。
奈良墨は伝統的工芸品であるために少々値の張る高級品ではありますが、奈良観光のお土産や贈り物としても選ばれることが多くなりました。
墨屋の店舗や専門店に出向く必要がありますが、興味のある方は奈良墨を一度手に取ってみてはいかがでしょうか。
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担当者:古川真史
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