【奈良に油阪駅が復活する?!】駅名の由来や新駅近くのスポットについて
油阪駅その成り立ちと近くの観光スポット、観光イベントなどを紹介します

油阪駅とは、1969年まで近鉄奈良線にあった駅のことです。
近鉄奈良駅の一つ手前にあったこの駅は、普通列車のほか急行列車や準急列車も停車する賑わいのある駅でした。
現在その周辺は当時からある町屋群にわずかに面影が残るだけで、かつて駅があったとは思えない町並みに生まれ変わっています。
観光スポットとしては町屋群のほか、南にあるJR奈良駅旧駅舎やいくつかの寺院があり、在原業平ゆかりの不退寺では業平の命日に開山忌が執り行われ、一般の人でも見学可能です。
かつて近畿日本鉄道(近鉄)奈良線にあった油阪(あぶらさかえき)駅。
1969年の奈良線地下化によって廃止され、現在はわずかに残った町屋群が当時の面影を残しています。
今回は、そんな油阪駅の歴史や魅力、商店街周辺の観光スポットなどを紹介します。

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賃貸専門家:古川 真史
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奈良在住25年以上。宅地建物取引士・賃貸経営管理士の資格保有。ルームアドバイザーとしてのキャリア18年以上の大ベテラン。不動産賃貸の関連はすべて媒介経験あり。奈良出身ではないのに奈良まほろばソムリエ検定(奈良通1級)取得する奈良への溺愛っぷり。奈良マニアの古川より独自な目線で賃貸情報を多数お届けします。
油阪駅とは

油阪駅は、かつて近鉄奈良駅のひとつ前にあった駅ですが、1969年に奈良線が地下化することに伴い廃止されました。
現在は地下に進入する手前に新大宮駅がありますが、これは油阪駅が廃止されたことで新たに設置された駅です。
当時の油阪駅の駅舎はコンクリート製の小さなものでしたが、ホームは国鉄線(現JR線)を越える築堤上にあり、2面2線の配線がある立派な駅でした。
また、油阪駅には普通列車のほか、急行列車や準急列車も停車していました。
そんな油阪駅の北側には駅前商店街として船橋通り商店街があり、奈良交通本社が近いこともあって地下化以前には油阪駅前始発の同社バスが多数運行していました。
しかし、油阪駅の廃止によって駅前商店街は接続駅を失ってしまったことから現在は当時のような賑わいは見られず、静かな石畳の道だけが当時の面影を残しています。
朗報!油阪駅が復活!?

そんな油阪駅ですが、実は復活する計画があることが発表されました。
現在、近鉄奈良線は大和西大寺~新大宮・奈良間において、国営公園である「平城宮跡」を横断する形で運行しています。
国立公園の中を電車が走っているのは全国でも珍しいことですが、この線を大宮通り地下へと迂回させることで奈良市と近鉄が合意したというのです。
それに伴い、「朱雀大路駅」「新大宮駅」そして「油阪駅」の3駅が新たに設置される構想があることが発表されました。
奈良市としては奈良線が国営公園を横断していることによる景観への影響をなくしたいという意向があり、また、近鉄は地下化することによって現在3箇所ある踏切を減らしたい意向があるようです。
ただし、具体的な移設時期や費用負担については、今後協議していくとのことなので、地下化が実現するまでにはかなり時間が掛かりそうです。
とはいえ、油阪駅が復活すれば、駅前商店街にも活気が戻ってきそうですね。
油阪駅近くの観光スポット

ここでは油阪駅周辺の主な観光スポットをいくつかご紹介します。
大宮通り沿いにある町屋群
かつての油阪駅は油商人が住んでいたことに由来するとされる「油阪町」と呼ばれるエリアにありました。
油阪町には多くの町屋が建ち並び、その町屋群をかいくぐるように長い編成をもつ近鉄電車がまるで路面電車のように走り抜けていたそうです。
当時の面影を残すように、現在も大宮通り沿いの北側には大通りに面する風景としては珍しく町屋が建ち並んでいます。
規模は当時ほど大きくはありませんが、それでも散策すれば油阪駅があった頃の面影を堪能することができます。
JR奈良駅旧駅舎
油阪駅のすぐ南側には国鉄奈良駅(現JR奈良駅)があり、近鉄から国鉄への乗り換えが容易にできました。
現在のJR奈良駅は2010年3月13日に完成した3階建ての駅舎ですが、1934年に完成して2003年9月まで使われていた2代目駅舎が「歴史的価値がある」ということから取り壊しに反対の声が上がり、元の位置から18メートル移動された上で保存され、現在は奈良市総合観光案内所として利用されています。
五重塔などの上に見られる「相輪」や「風鐸」の装飾を施した「寺院風」の屋根が特徴的な建築物ですが、縦長の窓やレリーフは洋風建築の意匠を取り入れた近代的な建築様式を折衷させたユニークな建築となっています。
蓮長寺
蓮長寺は奈良市内の寺院としては比較的歴史が古く、奈良時代の末期にまでさかのぼると言われています。
創建当初は喜見城院と呼ばれており、日蓮宗の開祖である日蓮上人が仏教研究のために奈良に滞在した際には喜見城院を拠点としていたそうです。
本堂の天井下には天女や龍が描かれた絵があり、天女らの姿がはっきりと描かれた天井画は奈良市内のお寺では珍しく、知る人ぞ知る「隠れたみどころ」となっています。
不退寺
正式名称を金龍山 不退転法輪寺という不退寺は、平安時代の歌人であり、伊勢物語の主人公でもある在原業平ゆかりの寺です。
847年(承和14年)に業平自らが聖観音菩薩立像を刻んで開基したのが始まりとされ、別名「業平寺(なりひらでら)」とも呼ばれています。
重要文化財である南門は鎌倉時代の本瓦葺切妻造四脚門で、本堂と多宝塔も重要文化財に指定されています。
また、こちらも重要文化財である本堂に安置されている本尊 聖観音菩薩立像(別名、業平観音)は、業平の作と伝えられる藤原時代の一木造彩色の像です。
油阪駅近くである観光イベント

最後に、油阪駅の近くで行われる観光イベントについてご紹介します。
薪御能
毎年5月の下旬に春日大社と興福寺南大門跡にて行われる、奈良を代表する伝統行事のひとつです。
薪御能とは全国各地で行われている「薪能」と称する野外能の起源とされ、観世、金春、宝生、金剛の「能楽四座」による能と、大蔵流による狂言が奉納されます。
不退寺の業平忌(開山忌)
開山忌とは、平安時代の歌人として知られる在原業平の命日に不退寺にて開催される行事です。
本堂にある業平画像にカキツバタなどの花を飾り、真言八祖の絵が描かれた多宝塔(重要文化財)が開扉されて一般の人に公開されます。
不退寺の春期特別公開
毎年春に不退寺では、普段は一般に公開されていない寺宝が特別公開されます。
先ほど紹介した江戸時代初期の作品とされる在原業平画像をはじめ、ほかにも伊勢物語やこけら経などを観覧できます。
璉珹寺(れんじょうでら)の阿弥陀如来立像特別公開
西紀寺町にある「璉珹寺(れんじょうでら)」では、毎年5月に秘仏阿弥陀如来立像が特別公開されます。
本堂内の中央の厨子に光明皇后をモデルとした、袴姿の白色裸形の秘仏阿弥陀如来像(県指定文化財)、左右にどちらも重要文化財の観音菩薩立像、勢至菩薩立像が安置されています。
また、5月の璉珹寺(れんじょうでら)はオオヤマレンゲやマツリカなどの花が見ごろのため、奈良の風情を味わう散策にもピッタリです。
【奈良に油阪駅が復活する?!】まとめ

今回は、1969年まで近鉄奈良線にあった油阪駅の歴史や最寄りの観光スポットなどを紹介しました。
現在、駅自体はありませんが数年後には再設置される構想があり、また、かつての駅周辺は当時の面影を残す町屋群や歴史ある寺院など散策するには絶好のロケーションです。
奈良へのお住まいを検討している方は、ぜひ立ち寄ってみてください。
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