【日本最古の歴史!】世界遺産・元興寺を知ろう
【日本最古の歴史!】世界遺産・元興寺について

奈良市の中心市街地南東部にある「元興寺」は、飛鳥時代の「日本最古の瓦」が現役で使われている驚きのスポットです。
世界遺産にも登録されているこの元興寺がもつ長く深い歴史について、周辺エリア「ならまち」との関わりもふくめて詳しく解説していきます。

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賃貸専門家:安達竜哉
資 格:宅地建物取引士・賃貸不動産経営管理士
賃貸不動産経営管理士の資格保有。特技は少林寺拳法とお部屋探し。奈良の不動産業界で10年以上、単身からファミリーの方など、年間で200部屋以上の仲介実績。特に奈良市内のマンション名を出して貰えれば殆どわかる自信あり。奈良市の賃貸事情に詳しい安達による、暮らしに関するお役立ち情報をお届け。
元興寺ってどんなところ?

元興寺は奈良県奈良市中院町にある真言律宗の寺院です。
奈良市の中心市街地の南東部、伝統ある古民家や町家が数多く立ち並ぶエリア・通称「ならまち」の一角に建っています。
飛鳥時代の豪族・蘇我馬子が推古元年(593年)に飛鳥の地に建立した法興寺(日本最古の本格的仏教寺院といわれています!)を前身としており、たいへん長い歴史をもつお寺です。
奈良時代、遷都にともない平城京内に移転し元興寺と名前を変え、南都七大寺(東大寺・興福寺・元興寺・大安寺・西大寺・薬師寺・法隆寺)のひとつとして朝廷の保護を受けて栄えました。
都が京に移った平安時代以降、衰退の一路をたどりつつも、浄土信仰が庶民のものとして根づいてゆくにつれ、庶民信仰のお寺として注目されるようになり大切にされてきました。
明治時代の神仏分離・廃仏毀釈の影響によって一時は住職もおらず荒れ果てた状態になってしまいましたが、戦後の文化財保護法の制定や人々の地道な研究や調査の結果をうけて、歴史的な価値や意義が高く評価されるようになりました。
現在、本堂「極楽坊」や禅室、五重小塔は国宝に指定されており、ご本尊である智光曼荼羅や東門をはじめ多数の所蔵品が国の重要文化財になっています。
また、境内は「元興寺極楽坊境内」の名前で国の史跡の指定を受けています。
そんな国をあげた保護の甲斐あってか、元興寺は1998年(平成10年)12月、「古都奈良の文化財」を構成する遺産のうちのひとつとして、東大寺や興福寺、薬師寺などとともにユネスコの世界遺産に登録されることになりました。
飛鳥時代の法興寺から約1400年、連綿と受け継がれた元興寺の歴史は、こうして世界的にも認められることとなったわけです。
受け継がれた「日本最古の瓦」

さて。すでにご紹介したように飛鳥時代に建立された法興寺を前身にもつ元興寺ですが、実はこんにち、その法興寺の名残がそのまま残されている箇所が境内にあります。
なんと、いまも本堂と禅室の屋根に使われている瓦の一部は、奈良時代の移転の際に法興寺から移してこられたものなのです。
これは昭和30年代に行われた本堂および禅室の解体修理の際に明らかになったことで、屋根に使われていた4413枚の瓦のうち約600枚が法興寺から運ばれてきており、さらにそのうち約170枚は法興寺がつくられた当時のものだということがわかりました。
約1400年も現役の瓦!
これだけでも十分驚きですが、この事実はさらに大きな意味を持っています。
日本国最初の正史『日本書紀』によると、崇峻天皇元年(588年)に朝鮮半島の百済より僧侶とともに寺工などの職人が日本へ派遣されたとあります。
その職人たちが中心となって建造されたのが法興寺ということなのですが、職人のなかには4人の瓦博士(麻那文奴・陽貴文・陵貴文・昔麻帝弥)が含まれておりました。
彼ら4人によって製法が伝えられたことにより、わが国における瓦屋根を用いた建築がはじまったとされています。
つまり、法興寺の創建当時の屋根瓦は「日本最古の瓦」と言うことができるでしょう。
そしてその「日本最古の瓦」が法興寺から受け継がれ、いまもなお現役のものとして元興寺にて使われている……。
途方もない話です。
ちなみにこの「日本最古の瓦」は、本堂の西面と禅室の南面の屋根に見ることができます。
上部が細くて下部が広い丸瓦を用いて、細いほうを覆うように下から上へと重ねていく「行基葺き(ぎょうきぶき)」という独特の並べかたとあわせて、元興寺の大きな見どころとなっています。
3つの「元興寺」と「ならまち」

「日本最古の瓦」が物語るように、飛鳥時代から現在へと続く途方もない歴史を持つ元興寺。
それだけの長い歴史のなかで、少々複雑な道を歩んできてもいます。
というのも元興寺周辺にはもう2つ、「元興寺」の名を冠する場所があるのです。
ひとつは中院町の南、芝新屋町にある、その名もまさしく「元興寺」。
十一面観音をご本尊とする華厳宗の寺院で、境内は「元興寺塔跡」の名で国の史跡の指定を受けています。
もうひとつはその西、西新屋町にある「小塔院」。
虚空蔵菩薩をご本尊とする真言律宗の寺院で、境内が「元興寺小塔院跡」として国の史跡に指定されています。
これら2つの規模はけして大きくはなく、こんにち「元興寺」といえばおもに極楽坊のある中院町の元興寺のことを指しますが、同じエリアに3つの「元興寺」が存在するというのは一体どういうことなのでしょうか。
結論を言ってしまえば、飛鳥からの移転当初、元興寺とは南北約440メートル、東西約220メートルにおよぶ、東大寺や興福寺にもならぶ大規模な寺院だったのです。
そして現在残る3つの「元興寺」は、その大きかった古代元興寺の一部がそれぞれ独立した姿なのです。
平安時代以降しだいに進んでいった元興寺の衰退は中世に起こった天災や土一揆などによって加速し、荒廃した伽藍に代わりたくさんの民家が建てられるようになりました。
そんななかで残された元興寺の一部が智光曼荼羅を祀る「極楽院」(現在の極楽坊)、巨大な五重塔をもつ「観音堂」(1859年に焼失し現在は塔跡のみ)、「小塔院」という3つの寺院に分裂し、今に至るわけです。
ところで、中世以降多くの民家が建っていったのをはじまりとして元興寺の旧境内地は町としての発展をみせ、江戸時代には有力な商工業都市となりました。
17世紀末に奈良奉行によって行われた調査結果をひも解くと、当時3万5千人もの人がこのエリアに住んでいたそうです。
大戦中は大規模な空襲のターゲットにもならず、戦後には旧市街地として栄えました。
現在でも古くからの民家や町家が多く残り、歴史的風情のある街並みが守られています。
なにを隠そう、この元興寺の旧境内地エリアこそが、いま現在「ならまち」と呼ばれている地区にあたるのです。
旧境内地が町として発展をしていく流れのなかで、巨大な元興寺としてのかたちは失われてゆくこととなりました。
しかし、町に住まう庶民たちの信仰の場へと変化した元興寺が人々を支え、また人々に支えられ、こんにちの「ならまち」のあり方へと脈々と受け継がれているのではないでしょうか。
まとめ~元興寺周辺に住むなら~

いかがでしたでしょうか。
今回は日本最古の本格的仏教寺院に端を発し、「日本最古の瓦」が受け継がれたスポット・元興寺について見ていきました。
奈良という地やそこに住まう人々に深く根づいた圧倒的な歴史をもつ元興寺ですが、西暦2000年代に入ってからの研究調査では、禅室に使われている木材の一部が世界最古の木造建築・法隆寺のものよりもさらに古いものであるという話も出ているそうです。
あちらこちらにかつて巨大だった当時の元興寺の名残をとどめる「ならまち」は今、立ち並ぶ古民家や町家をリノベーションし様々なお店やギャラリーなどとして再活用され、古きと新しきが同居する場として注目を集めています。
なんといっても市街地の中心というのは訪れるにせよ、住まうにせよ、魅力的ですよね。
もちろん周辺に賃貸住宅もありますので、このエリア周辺でのお部屋探しなら「賃貸のマサキ」にどうぞお任せください。
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